エミー・ファン!ブログ

エミー・ロッサムに関するニュースとJKの日記。 連絡は「告知」のコメント欄にでもお願いします。

『イントゥ・ザ・ワイルド』を試写会で観賞

イントゥ・ザ・ワイルド/Into the Wild
2008/09/06公開 公式:http://intothewild.jp/

「自分探しの旅」は好きですか?ワタシは大嫌いです。ストーリーを読む限り主人公はいかにもインテリ崩れの自然志向を思わせる(だめ押し的に監督がショーン・ペン)『イントゥ・ザ・ワイルド』ですが、これは見ごたえがあります。まずは主人公の両親にウィリアム・ハートとマーシャ・ゲイ・ハーデン、妹にジェナ・マローン、アウトサイダー・キャンプ(?)で出会う少女にクリステン・スチュワート(かわいい)。そして旅先で会う男にヴィンス・ヴォーン、ヒッピー女性にキャサリン・キーナー(さすがに何でもこなす人です)。そして旅先で一番心を開くことになる老人に、アカデミー賞にノミネートされたハル・ホルブルック(これぞザ・助演!)と、列挙するなんてバカみたいですが、映画ファンならこれがいかにはまっているか分かるでしょう。

主人公のクリス・マッカンドレスがアラスカに旅立った理由は基本的には両親への反抗ということになっています。そこはやや単純化されている気がします。家庭内暴力も出てきますが、むしろそれはほのめかす程度の方が効果的だったかもしれません。ウィリアム・ハートとマーシャ・ゲイ・ハーデンもやや損な役回りになっています。二人の外見も90年代とは思えない一昔前の夫婦という感じがします(もしかして古きよきアメリカのパロディ?)。

この映画にショーン・ペンが入れ込んでいるのはよく分かります。この彼の事件と原作本が出たのはペン監督が三十代に入ったころです。自分の二十代を振り返って一般人よりは恵まれた環境にいたとしても、やりたくても出来なかったことも色々と思い浮かべていたと思います。クリスのことを、ペン監督自身が出来ない(やりたかった)ことをやった男としてとらえているのでしょう。ここでのエミール・ハーシュはそんなペン監督の分身でもあります。ということで画面上では学業優秀な青年がワイルドになったと言うよりは、若手ハンサム俳優がワイルドになったように見えますが、体重を減らしたその姿は迫真の演技には違いありません。無免許川下りのシーンなどはワイルドな感じがよく撮れています。青年の成長物語として見ると無賃乗車した列車から追い出される辺りがいい出来です。キャンプで歌まで披露するクリステン・スチュワートは今ひとつにも感じますが(妹役のジェナ・マローンと入れ替えても面白かったかも)、そこが逆にリアルだとという見方も出来ます。他の俳優もいいキャスティングだと思うのですがヴィンス・ヴォーンだけが活躍しなくて少々残念でした。

この映画で一番興味深いのはハル・ホルブルック演じる老人とクリスのやりとりです。語られる内容は脚本家ショーン・ペンの当初の思わくを超えているのではとすら思えます(作家のペンが勝手に動くというやつです)。ここでのクリスは単なる逃避の旅以上のものを見いだしていると感じました。クリスがなぜアラスカを目指したのか?サイケデリック時代にヒッピーが西海岸に向かったのは温暖な気候やフロンティア伝説の名残もあったはずです。現代ではアラスカはアメリカにとって残されたフロンティアでもあるわけですが、気候のことを考えれば厳しさを求める彼にとってはふさわしいのでしょう。春にアラスカに入ったことから分かるように彼はここに死に来たのではなく一種の通過儀礼として選んだのだと思います。また彼がアラスカに向かった理由は登山家に「どうして山に登るのか」と聞くことに似ていいます。その答えは「そこに山があるから」や「下りるために」になるのでしょう。となるとクリスには帰るべき「家」があるべきなのです。自分とは縁もゆかりもない老人から養子の話を切り出されて新たな「家」が出来る可能性がある一方で、両親のごたごたをクリスと一緒に体験してきた妹(一部ナレーションも担当)は、兄とは同志なので両親のいる家に帰りたくなくても、彼女のいる「家」に帰りたいと思うのはありなのです。ペン監督はこの「家」の存在を認めたくないのか、どちらが「家」にふさわしいかはあいまいで、そこはこの映画の良い点でもあり弱点でもあると思います。

映像としてはグランドキャニオン、メキシコ近郊、砂漠、そしてアラスカと都会ではないアメリカの雄大な光景を見せてくれます。アラスカに入ってからは動物、植物そして川(!)と言った生物をクリスと対比させます。ヘラジカのエピソードは自然の厳しさとクリスのアラスカで暮らす人間としての力不足がよく出ています。そして最後は自分の即席の知識が彼を破滅へと導きます。ラストはショーン・ペンにしては音の使い方も含めてベタではと思うのですが、あれが効果的だったのは認めます。音楽担当はマイケル・ブルックとカーキ・キングですが、むしろ中心はエディ・ヴェダーの歌です。最後の曲には字幕が付くのですが、本編でも字幕が付いた方が分かりやすかったでしょう。

PageTop

『旅するジーンズと19歳の旅立ち』その6 感想

旅するジーンズと19歳の旅立ち/The Sisterhood of the Traveling Pants 2
2008/08/06公開 公式:http://www.jeans2-movie.jp

以前にも指摘したようにこの映画に出演した4人(アンバー・タンブリン、アメリカ・フェラーラ、ブレイク・ライブリー、アレクシス・ブレーデル、以下イニシャルで略)の代表作は『Joan of Arcadia』『アグリー・ベティ』『Gossip Girl』『ギルモア・ガールズ』といったテレビ・ドラマなわけで、それも価値観で言えばエミー賞よりはティーン・チョイス・アワード。実際にここ3年でAB、AF、BLと連続で受賞し、ATもノミネート経験がある。とは言え一番出世したのは意外にも前作『旅するジーンズと16歳の夏』を見る限り4番手に見えたAFで、エミー賞他の主要な賞を受賞した。この続編製作が発表されたのはAFがゴールデン・グローブ等を受賞していたころで、彼女の出世がゴー・サインを出す切っ掛けになったことは容易に想像がつく。一方今作公開時に一気に注目を集めることになったBL、彼女の『Gossip Girl』出演が発表されたのは続編製作発表の約一ヵ月後、このドラマが話題になることを見込んでの見切り発車の面もあったのかもしれない。

前作の感想にも書いたが、このシリーズは基本的にレイプもいじめも出てこない清く正しい少女の物語なので、ぬるいと思う人もいるだろう。4人とも大学に進学できる家庭の子なのだ。それが悪いわけでもない、ちなみに今作では性についてはやや前作よりも踏み込んだ内容になっている。本作の原作となるのは『トラベリング・パンツ』シリーズの4作目『フォーエバー』なので、間の2作は基本的には省略されるが、ブリジットが祖母を訪れる話やカーメンの母の出産などは今作に入っている。また内気なリーナとは対称的にイケイケな妹のエフィは前作では登場しなかったが今作には出てくる。恋愛関係に関して言えばこの2年間を省略しているのでティビーとブライアンの付かず離れず関係はいいとして。リーナとコスタスの微妙な関係に、今作で初登場するレオが入り込んでくるのは、リーナの心の移り変わりが早いと感じなくもない(彼女のじっくり考えてから物事を決め、こうと決めたら頑固な姿は前作ではおじいちゃんをの説得、原作では美大進学のエピソードによく現れている)。

さて今作で一番注目していたのは、劇の裏方として夏休みの舞台に参加することになったカーメンが主役に抜擢され舞台を演じるというストーリーが『アグリー・ベティ』で成功したAF本人とダブることだったのだが、カーメンが役者として開眼する瞬間がはっきりと描かれなかったのは少し残念(一人を目立てさせない配慮があったのかもしれない)。また原作にあった彼女がルームメイトに言った捨て台詞は読んでいる分にはいいが映像にしたらきつすぎるだろうから省いて正解だった。そのルームメイトを演じたのは『P2』のレイチェル・ニコルズ。カーメンのことを自分より下に見ている笑顔が白々しいタイプの女性だが、それを嫌みなく演じていて好感が持てた。『Star Trek』『G.I. Joe: Rise of Cobra』というアクション系の作品が控えている彼女だがコメディももっと見てみたい(まあ『新 Mr.ダマー ハリーとロイド、コンビ結成!』なんてのもあるようですが)。

そしてブリジットに関するプロットは原作と比べてかなり変化があって、原作でトルコの発掘現場にいる教授は若い男性、今作ではショーレ・アグダシュルーが演じる女性教授となっている。原作では恋人がいるのにこの男性教授といい感じになる。それを引き戻すのは彼の家族の存在なのだが、映画では女性教授の家族の存在がブリジットに自分の家族のことを思い出させる切っ掛けになっている。ところでこの男女の入れ替えはどんな意味があるのかと考えてみると、この映画が女性映画であることを思い出す(監督からプロデューサー、音楽まで主要スタッフが女性)。この女性教授は戦争も経験していると言うことになっているので、演じているショーレ・アグダシュルー本人が革命によってイランを離れたことが反映されているのだろう。4人の中でブリジットだけに男を登場させなかったのは前作の彼女がそれにのめり込むようなタイプと誤解されたとの思いがあったのかもしれない。つまり彼女のパートだけ自殺してしまった母親にどう向かっていくかという前作の宿題をこなしている。自分の家族のことを考えるようになったブリジットはトルコから帰国してすぐに長い間会っていなかった祖母の家に転がり込む、これも原作では他の巻にあるエピソードで(と言うよりはその巻の重要な柱)、そこでは他人のふりをして祖母に会いに行ったが、映画では向こうがすぐに気付く。祖母を演じるのはブライス・ダナー、自殺してしまったブリジットの母親の母親らしく(?)やや神経質そうな女性をうまく演じている。母親の自殺に対して必要以上に責任を感じるブリジットの肩の荷を降ろしてやるのが祖母の役目だ。

4人の演技をまとめると、カーメンの変化をうまく捉えていないこともあって、やはり一番うまいのはABだと感じだ。セリフよりもちょっとした仕草で見せる演技が雄弁に語る。今作での微妙な三角関係などは一歩間違えれば、嫌な女に見えてしまうところをうまく処理したのは彼女ならではだ。ATは悩みを抱える姿が、よく似合う。BL自体の輝きは前作とさほど変わりない、その後、ふさわしい作品に恵まれるまでに時間がかかっただけなのだ。

映画としてみると前作よりややテンポが悪く感じられる。もちろんそれぞれが大学に通うようになって連絡は取りにくくなり、離れ離れでいることが当たり前の状況となったことも関係している。単純なことだが、駅や空港の描写や移動中の姿が少ないと、遠く距離の離れたところから苦労して会いに来たという感じがしない。ギリシャの青い海と白い町並みという風景も前作と同じで新鮮に感じなかった。

ストーリーにおけるジーンズの比重を小さくするのラストに向けて意味があることなので仕方ないし、全体としてはとくに悪いわけではないが、前作におけるベイリーやブリジットの母親のように感情移入しやすい話が今作にはないので求心力にはやや欠ける。前作のテーマが喪失と再生であるとしたら今作は再生と創造ではないだろうか。原作2、3作目から使われたいくつかのエピソードがそう感じさせる。まあもちろん最後は4人の友情に決まっているわけだが。

PageTop

『アクロス・ザ・ユニバース』試写会

アクロス・ザ・ユニバース/Across the Universe

2008/08/09公開 公式:http://www.across-the-universe.jp/

映画『フリーダ』や舞台『ライオンキング』のジュリー・テイモアによるビートルズ・ナンバーのみで構成されたミュージカル映画です。当然音楽雑誌にも色々な記事がありますが、ルーシーを演じるエヴァン・レイチェル・ウッドに関する記述があまりないのはどうしてでしょう。グリーン・デイの「ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンズ」(『アメリカン・イディオット』)での彼女の演技と、そこで彼女と共演しているジェイミー・ベルが主演した『リトル・ダンサー』を見ておくとこの映画のイントロとして楽しめます。この二人は付き合っていましたが、現在のエヴァン・レイチェル・ウッドの恋人はマリリン・マンソンです。付き合い始めてすぐに彼女を使ってポルノもどきのPVを撮ってひんしゅくを買っています。まるで現代版ジョン&ヨーコ、男女逆バージョンのよう!ジュードを演じるのは『ラスベガスをぶっつぶせ』のジム・スタージェスですが、この映画の先なのでまさに抜擢という感じです。

既成の曲を使ってミュージカルを作るという点では『ムーラン・ルージュ』などと同じですが、『ムーラン・ルージュ』がロマンス映画なのでラブ・ソングを使えばだいたい当てはまるのに対して、こちらは恋愛から社会問題までカバーしなくてはならず、ときには無理を感じる選曲も少々あります。オープニングでは同じ曲を使いながら英米の文化の違いを見せるのですが、どうもアメリカ側の作り物っぽくて入り込めませんでした。舞台のセットだと思えばいいのでしょうが、そういったことが所々では気になりました。あとは集団で踊りだすのも人によっては気になるかもしれません。

ジュードとルーシーの物語としては必ずしもうまく機能していないように感じ、むしろセディ(ジャニス・ジョプリンのような女性ボーカリスト)とジョジョ(ジミ・ヘンドリックスを思い起こさせるギタリスト)の物語の方が歌詞のはまり具合とあわせて良かったのですが、そんな二人の物語では誰も映画にしないと思います。幻想的な映像が出てくる場面は少なくないですが、ここはもう一つでした。映像と音楽のはまり具合では「アイ・ウォント・ユー」(やりすぎな感もあり)、予想とやや違った「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」、ジェフ・ベックのギターがやはり素晴らしい「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が印象に残りました。ゲストではU2のボノが短い出番ながらも撮られることに慣れているようで、うまくこなしていました。『フリーダ』主演女優賞サルマ・ハエックはもう40過ぎなのにセクシー衣装で見せてくれます。

使われるのはビートルズの有名曲なので物語とシンクロしたときのインパクトは強く、本編ラストなど思ったよりもグッと来ました。監督のメッセージはラブ&ピースなのでしょう。しかしそれがあまり響いてこないのはその対極にある死に対する描き方が出来ていないからだと思います。それでもジム・スタージェスorエヴァン・レイチェル・ウッド主演の映画としてみるとよく出来ています。

PageTop

『インクレディブル・ハルク』を試写会で観賞

インクレディブル・ハルク/The Incredible Hulk

2008/08/01公開 公式:http://www.sonypictures.jp/movies/theincrediblehulk/

『スパイダーマン』をソニー、『X-MEN』を20世紀フォックスにと各社にばら売りしてきたマーベル・コミックですが、が自社製作として乗り出した第一弾と第二弾が『アイアンマン』とこの『インクレディブル・ハルク』です。自社製作の利点はアメリカン・コミックではお馴染みのゲスト出演やスーパー・チームの結成などが配給会社の壁を気にすることなく可能になることです。と言ってもワーナーが独占しているDCコミックでさえその手の企画はなかなか進まないので一番の問題は権利ではなく、やる気でしょう。すでに『The Avengers』という映画の製作がアナウンスされています。映画の中でもニック・フューリーやシールドという言葉が劇中で言及されていて、映画のラストはそれを暗示するものになっているのですが、全米とは第一弾と第二弾の公開順が逆になっているのでやや筋が通らないことになっています。はっきり言って思わせぶりな終わり方はアメコミ映画にはつきものなので特に気にすることはありません。

さてこの作品の前にアン・リー監督の『ハルク』というのがあって、一般的には失敗作とされています。ジョシュ・ルーカス演じるタルボットがやられるときにコミック風の処理は笑えたことは覚えています。公開当時に、監督本人が戦車を振り回してモーション・キャプチャーしている映像を見たことがありますが、あれは見ていて悲しくなりました。ハルクが大き過ぎる、ハルクが登場するまでが長い、父子間の断絶に集約される悲劇が鬱陶しい等の問題点は今回改善されています。すっかり顔ぶれが変わった(一応前作の設定をなんとなく引き継いでいます)キャスティングは、エリック・バナからエドワード・ノートンへ、これは当時無名に近かったバナなのでノートンの圧勝。ジェニファー・コネリーからリヴ・タイラー、リヴの濡れた目も捨てがたいですが、瞳ならオスカー女優(と言ってもキャスティングの受賞前)のジェニファーも負けてないと言うことで、こちらの僅差勝ち(リヴは眼の下に隈のようなラインが気になります)。ロス将軍を演じるウィリアム・ハートはヒゲをつけてサム・エリオットよりはややコスプレ調。全体的には手堅いところでまとめているので最終的には主役の知名度で今作の勝利と言うことにしておきます。

本作ではハルクことブルース・バナーはオープニングではアメリカから逃れてブラジルで暮らしています。心拍数が高まるとハルクになってしまうので常に心拍計を気にし、なぜかグレイシー柔術で心を鍛錬しながらジュース工場に勤めています。その一方ネット上でミスター・ブルーなる科学者と接触して自分の身体を元に戻す努力をしますが、結局はじかに会わないとダメだと気付かされます。

アクション・シーンは三つです。一つ目はブラジル、ブルースの血液がジュースの中に混ざってしまい、それを飲んだアメリカ人(さて、誰でしょう)の症状で彼がブラジルにいたことがばれてロス将軍の部隊がブラジルに乗り込みます。この場面はハルク変身の現場にたどり着く前のブルースの逃走が『ボーン・アルティメイタム』や『カジノ・ロワイヤル』のそれのようでかっこいいです。またここでは夜明け前の薄暗い中でハルクの姿をはっきりと見せないように工夫されています。となると次は白日の下での戦闘です。ここではハルクの動きと力を思い切り見せ付けてくれます。このときに特殊部隊員エミル・ブロンスキー(ティム・ロス)がハルクにあっさりやられて、彼が人体改造計画であるスーパー・ソルジャー計画に深入りし、やがてはそれが怪物アボミネーションを生み出すことになります。そして最後は夜のニューヨークでハルク対アボミネーションです。夜とは言え見づらいことはなく、この二人(?)の対決はしっかりと見せてくれます。ちなみにアボミネーションは知性もそれなりに残っていて喋ったりもします。これに対してミスター・ブルーの治療により一度は正常に戻ったかに見えたブルースが自らの意思で変身するハルクも以前よりは知性があるようで、前半こそ肉体のぶつかり合いですが最後には一工夫あります。

ブルースを取り巻く人間関係は『ハルク』が重点を置いたエディプスコンプレックスとは違いあっさりとしたものになっています。その分ハルクに変身する恐怖が中心となっていて、これにベティとの関係を絡める辺りはエドワード・ノートンの意見が反映されているのでしょう。洞窟での美女と野獣のやりとりは『キング・コング』を思い出します。ベティには恋人らしき人物はいますが、彼の存在はとても小さくて彼女とブルースとの障害にはなりません。ブロンスキーはロス将軍に唆されて肉体改造を行うわけですが、ブルースの事故もその実験の一環だったことが明らかになるので、今回憎まれる父親像を担当しているのは将軍ということになりそうです。

将軍が人体実験と倫理観の間で悩むことはないので、本当はどのような人物なのか分からないのが難点ですが、それがミステリアスな雰囲気を出しているということにしておきます。ちなみにブロンスキーは現場至上主義の肉体増強オタク、ミスター・ブルーは倫理など省みない科学オタクで、この二人にはしっぺ返しがあります。

ハルクというキャラクターの設定上CGに頼らないといけないので、生の感覚を持ち込めず、変身してしまうと感情移入もできないという弱点はありますが。その点を考慮すればコミックの映画化としては上出来です。心拍数が上がるのでベティと愛し合えないとか、巨大化に備えて伸びる素材のパンツを買うとか、そんなところにリアリティを求めなくても思う場面が、逆に笑えます。さて次作、あるいは『The Avengers』でどんなハルク/ブルース・バナーが見られるのでしょう。スタジオをもめることが多いエドワード・ノートンだけにそう簡単に協力しない姿が似合うと思います。

PageTop

『カンフー・パンダ』を試写会で観賞

カンフー・パンダ/Kung Fu Panda
2008/07/26公開 公式:http://www.kf-panda.jp/
カンフー・パンダ

『ホートン』のときにも触れましたが、ドリームワークス・アニメが日本で弱いのはキャラクター・デザインと大人向け過ぎるストーリーにあると思うのですが、この『カンフー・パンダ』は少し違います。ポーというデブのパンダがジャック・ブラックと言うはまりすぎのキャスティングからしていつもの路線のようですが、ブラックとアンジェリーナ・ジョリーが参加した『シャーク・テイル』と比べるとその違いがよく分かります。不必要な擬人化やボイス・キャストを意識したデザインはありません。どう見てもかわいくない『マダガスカル』と比べれば随分ましです(とは言え谷の住民はこれまでのドリームワークスっぽいデザイン)。例えばジャッキー・チェン(サル)の参加などはカンフーのアニメと言うことでは必然性がありますが、あの猿がジャッキーである必然性はありません。またアンジェリーナ・ジョリー(トラ)やルーシー・リュー(ヘビ)が担当するキャラクターが雌である必然性についても同じです。

登場するキャラクターはポーの師匠にレッサーパンダ、そのまた師匠に亀。師匠の愛弟子たちマスター・ファイブ(英語ではThe Furious Five)はツル、トラ、サル、カマキリ、ヘビ。敵となるのはユキヒョウ、ポーの父親はガチョウ。ユキヒョウは監獄に閉じ込められていて、師匠とは因縁があります。ここで気付く方も多いでしょうが、枠組みは『スター・ウォーズ』です。つまりユキヒョウがダース・ベイダー、師匠がオビワン、大師匠がヨーダで、ポーがルークになります。単なるカンフー・オタク・パンダがいきなり伝説の戦士に指名されるところはよく似ています。ポーも自分の運命を知ってから修行を開始するわけですが、そこに極意も秘伝もないというのがこの映画の大きな柱です(これはなりたい自分になるんだと言う『レミーのおいしいレストラン』とも共通します)。ここで重要なのは『スター・ウォーズ』のルークが血筋を見込まれて戦士になったのとは違い、この映画のポーは本当にただのデブ・パンダである点です。ここは現代的と言えるのではないでしょうか。

アクションではユキヒョウのタイ・ランが脱獄するシーンが圧倒です。ジャッキーはこちらの担当のほうがよかった気もしますが、さすがに悪役にはしません。スター・ファイブのアクションはどちらかと言うと演舞のよう。ラスト・バトルは想像の範囲内でした。

声の出演は師匠にダスティン・ホフマン、タイ・ランにイアン・マクシェーン。そして『ホートン』に続いて登場のセス・ローゲン、ダン・フォグラーの二人。また日本公開が近い『テネイシャスD 運命のピックをさがせ!』からは相棒のカイル・ガスもショウ・ブラザースのパロディで登場しています(もちろん、そんなことは家で調べないと分かりません)。

一部2Dアニメになるところ(ここが中国っぽい)も面白いですし、ドリームワークス・アニメとしては近年でベストではないでしょうか、同社に興味がなかった人にもぜひ見てほしい一本です(でも『マダガスカル』の続編予告を見ると少し心配になります)。

PageTop