『ヘアスプレー/HAIRSPRAY』
2007/10/20公開 公式http://hairspray.gyao.jp/

DVD:2008/04/04発売
この映画は1988年のジョン・ウォーターズ監督の『ヘアスプレー』をブロードウェイ・ミュージカル化されたものがベースになっていています。88年度版はちらりと見ただけ、舞台はダイジェスト映像を少々、サントラ盤ネットラジオで聞いた程度です。映画→舞台→映画という流れは『プロデューサーズ』と同じですが映画の出来はこちらの方が上でしょう。オリジナルの毒はかなり抜けていますが、これはこれで楽しい作品に仕上がっています。
オーディションでデブのトレイシー役を獲得したニッキー・ブロンスキーは、次の作品が思い浮かばないほどにトレイシーにぴったりですが、それ以外のキャストも良いのです。まず若手では敵役のアンバー(ブリタニー・スノウ)とトレイシーの親友ペニー(アマンダ・バインズ)がともにかわいい、これは大きなポイントです。とくにアマンダは歌も悪くないので(予想外の少し低めの声が印象的です)、もう少し歌を聞きたい思いました。中堅ではジェームズ・マースデン。今回はすぐに殺されることも恋人を奪われることもなく、(少し白々しい)番組のホストを好演して最後にピシッと決める場面もあります。さらにはクィーン・ラティファ。本作といい『シカゴ』といいすっかりゴッドマザーが似合う彼女ですが、『シカゴ』で共演したキャサリン・ゼタ=ジョーンズやレニー・ゼルウィガーより一つ年下です。ここでもその貫禄と歌で画面を締めています。ベテランではなんと言ってもミシェル・ファイファー。まさにお見事なヒールぶりで歌も余裕でこなします。それと比べるとジョン・トラボルタ、クリストファー・ウォーケン夫妻は少し落ちます。トラボルタには初めは違和感を覚えても徐々に慣れてきます。引きこもりの感じをうまく出しているのが笑えるのですが、ディヴァインやダミ声のハーヴェイ・ファイアスタインの個性は及びません。それでも90年代の代表作を引用したシーンは必見。ウォーケンはウィリー・ウォンカっぽいのが面白いです。少々文句をつけましたが、この二人が踊る場面は映画ならでは趣向がなされていてよく出来ています。
物語としてはトレイシーの性格がまっすぐ過ぎるのが気になります。正直に言ってトレイシーがデモに参加するところはやや流れが急過ぎるのです。これはアメリカがまだイノセントであった時代であったということにしておきましょう。それでもリンクがトレイシーを好きになるきっかけや、ペニーと黒人青年との恋愛の障害などがもう少し描かれても良かったと思います。白人による黒人文化の搾取等の黒人問題(『ドリームガールズ』の「キャディラック・カー」の真逆な場面あり)は裏テーマや皮肉やでなく淡々と消化されるエピソードになったのかもしれません。ミュージカル・パートで気になったのはユー・キャント・ストップ・ザ・ビート」の振り付けです。舞台版の映像と比べると複雑になったとは言いませんが、舞台版が少し格好だけでも真似しようかと思わせるような振り付けと比べると、より芸術性が高いと言うかノリがよくない気がします。まあ舞台版の実際に見るとどこかで間延びしていると感じるのかもしれないので断言は出来ませんが、ある意味ではより映画的になっていると言えるかもしれません。
(以下根拠のない妄想なので認識不足や必要以上の偏見がある可能性があります)ビル・コンドンの『ドリームガールズ』といい、なぜゲイのクリエイターが黒人の社会進出が重要なテーマになった映画を作るのかを考えてみました。普通に考えれば黒人の社会進出とゲイのそれを重ね合わせていると言うことになるでしょう。ビル・コンドンの『愛についてのキンゼイ・レポート』は直接的にゲイの話ではありませんが、キンゼイがセックスの問題に突っ込むようになった要因を終盤での父とのエピソードを通して、真面目さと厳しい環境にあると言っていると思います。監督は都会など一見享楽的な環境にこそゲイは生まれやすいと思われがちだが、宗教的・教育的に保守的な環境でも生まれるのだと言いたいのでしょう。ジョン・ウォーターズもいわゆる都会出身ではありません。以下は適当に検索して見つけたページです。
http://c-cross.cside2.com/html/j00sa021.htm
2007/10/20公開 公式http://hairspray.gyao.jp/

DVD:2008/04/04発売
この映画は1988年のジョン・ウォーターズ監督の『ヘアスプレー』をブロードウェイ・ミュージカル化されたものがベースになっていています。88年度版はちらりと見ただけ、舞台はダイジェスト映像を少々、サントラ盤ネットラジオで聞いた程度です。映画→舞台→映画という流れは『プロデューサーズ』と同じですが映画の出来はこちらの方が上でしょう。オリジナルの毒はかなり抜けていますが、これはこれで楽しい作品に仕上がっています。
オーディションでデブのトレイシー役を獲得したニッキー・ブロンスキーは、次の作品が思い浮かばないほどにトレイシーにぴったりですが、それ以外のキャストも良いのです。まず若手では敵役のアンバー(ブリタニー・スノウ)とトレイシーの親友ペニー(アマンダ・バインズ)がともにかわいい、これは大きなポイントです。とくにアマンダは歌も悪くないので(予想外の少し低めの声が印象的です)、もう少し歌を聞きたい思いました。中堅ではジェームズ・マースデン。今回はすぐに殺されることも恋人を奪われることもなく、(少し白々しい)番組のホストを好演して最後にピシッと決める場面もあります。さらにはクィーン・ラティファ。本作といい『シカゴ』といいすっかりゴッドマザーが似合う彼女ですが、『シカゴ』で共演したキャサリン・ゼタ=ジョーンズやレニー・ゼルウィガーより一つ年下です。ここでもその貫禄と歌で画面を締めています。ベテランではなんと言ってもミシェル・ファイファー。まさにお見事なヒールぶりで歌も余裕でこなします。それと比べるとジョン・トラボルタ、クリストファー・ウォーケン夫妻は少し落ちます。トラボルタには初めは違和感を覚えても徐々に慣れてきます。引きこもりの感じをうまく出しているのが笑えるのですが、ディヴァインやダミ声のハーヴェイ・ファイアスタインの個性は及びません。それでも90年代の代表作を引用したシーンは必見。ウォーケンはウィリー・ウォンカっぽいのが面白いです。少々文句をつけましたが、この二人が踊る場面は映画ならでは趣向がなされていてよく出来ています。
物語としてはトレイシーの性格がまっすぐ過ぎるのが気になります。正直に言ってトレイシーがデモに参加するところはやや流れが急過ぎるのです。これはアメリカがまだイノセントであった時代であったということにしておきましょう。それでもリンクがトレイシーを好きになるきっかけや、ペニーと黒人青年との恋愛の障害などがもう少し描かれても良かったと思います。白人による黒人文化の搾取等の黒人問題(『ドリームガールズ』の「キャディラック・カー」の真逆な場面あり)は裏テーマや皮肉やでなく淡々と消化されるエピソードになったのかもしれません。ミュージカル・パートで気になったのはユー・キャント・ストップ・ザ・ビート」の振り付けです。舞台版の映像と比べると複雑になったとは言いませんが、舞台版が少し格好だけでも真似しようかと思わせるような振り付けと比べると、より芸術性が高いと言うかノリがよくない気がします。まあ舞台版の実際に見るとどこかで間延びしていると感じるのかもしれないので断言は出来ませんが、ある意味ではより映画的になっていると言えるかもしれません。
(以下根拠のない妄想なので認識不足や必要以上の偏見がある可能性があります)ビル・コンドンの『ドリームガールズ』といい、なぜゲイのクリエイターが黒人の社会進出が重要なテーマになった映画を作るのかを考えてみました。普通に考えれば黒人の社会進出とゲイのそれを重ね合わせていると言うことになるでしょう。ビル・コンドンの『愛についてのキンゼイ・レポート』は直接的にゲイの話ではありませんが、キンゼイがセックスの問題に突っ込むようになった要因を終盤での父とのエピソードを通して、真面目さと厳しい環境にあると言っていると思います。監督は都会など一見享楽的な環境にこそゲイは生まれやすいと思われがちだが、宗教的・教育的に保守的な環境でも生まれるのだと言いたいのでしょう。ジョン・ウォーターズもいわゆる都会出身ではありません。以下は適当に検索して見つけたページです。
http://c-cross.cside2.com/html/j00sa021.htm

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